『幼児師匠と弟子心』



『計画は完璧だ』

暗い部屋の中、数人の男達の声が響き渡る。
その中でも異様な声の男が、今にも笑い出しそうな声で話を続けた。

『誰にもバレる事はない。…そう、あの策士と名高い太公望ですらな』

そしてその計画は、周全てをも巻き込もうとしていた。

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とりあえず、この光景の説明をしておかなければならない。

数日前、些細な誤解で俺は天化と喧嘩した。「来たら別れる」と人間界へと戻ってしまった天化に言われ、勇気の無い俺は例の如く青年に戻り「紫陽」と名乗って天化の前に姿を現した。
途中で太公望や楊ぜんに正体をバレつつも、何とか天化と仲良くなることには成功した。だが、そんなこんなで事件に巻き込まれる羽目になってしまったのだ。

何とか事件は解決したのだが、結局天化に正体をバレてしまい…その罰として俺は………
1週間、人間界に幼児のまま居ることになってしまった。

「はい、コーチ。あーん」

確かに幼児のままで辛いことは色々ある。だが、その一方で良い事もあるもので。

「あーん」

子供に甘い天化が、こうして甘やかしてくれるのだ。正直言って、これは正に天国。
口に含まれた野菜炒めを噛み締めながら、一緒に幸せを噛み締める。

「美味しいさ?」

天化の笑顔を見つめながら、笑顔を返して肯定する。天化が食べさせてくれるなら、何でも美味しい。
おまけに今は天化の膝の上だ。笑顔でない方が可笑しいだろう。
そんな幸せ満喫中の中、咎めるような視線に気付いて前を向いた。

「何だ?太公望」
「何だって…お主ら、もう少し恥というものを知れ」

よくもまぁ、こんな所でイチャイチャ出来るものだのう。そう言う太公望の言葉に、回りを見渡す。
たくさんの食事がのった大きなテーブルを囲んで大勢の人が賑やかに食事をとっている。だが、別に俺たちの様子を気にしている者はいない。楊ぜんは少し顔を赤くしていたけれど。
太公望の言葉に、天化が首を傾げながら答えた。

「だって仕方ねーさ。ここに子供用の椅子なんかねーし、そもそも人数分の椅子しかねぇんだから」
「…すまん、訂正する。もう少し恥というものを知れ、道徳」

俺だけか。
太公望の言葉に眉を顰めながら、とりあえず反論してみる。

「しょうがないだろ。この体じゃ箸使うのも難しいんだぞ」
「だからと言ってもう少し仙人としての威厳がないのか。仙人としての威厳が」

お主今年で何千歳じゃ。太公望の鋭い言葉が突き刺さりまくる俺に、予想外な人物から救いの手を差し伸べられた。

「いいじゃねぇか太公望どの。俺はここまでして天化に会いに来てくれた道徳どのに感謝してぇぐらいだ」
「武成王…」

太公望が少し困惑した様子で隣に座る武成王・黄飛虎を見る。俺は心の中で武成王に感謝する。
今までの事を正直に説明すると俺と天化がデキていることがバレてしまう。それはマズイだろうと、太公望が得意の嘘をついた。

弟子の天化の様子が心配で人間界に下りたいと元始天尊様に直談判した所、幼児の姿になって力を無くし正体がバレないようにすればいいという条件を出された───という事になっているらしい。
俺は味噌汁を啜りながら、自分の今までの行いに感謝した。

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食事を終え、俺は天化と共に天化の部屋にいた。
少し高い所にあるため、周の様子が窓から見える。賑やかな様子に頬を緩ませた。

前に天化と妖怪退治で歩いた時も歩いたのだが、その時は回りに気を張っていたのでちゃんと見るのは何十年振りだろうか。
天化に抱えられながら、少し昔の事を思い返していた。

「前に人間界に来たのは、天化を弟子として迎えに来た時だったっけ…」
「ああ、あれには驚いたさ。コーチ、いきなり人ん家の壁ぶっ壊すし」
「ま、まあいいじゃいか。久し振りに来る弟子が楽しみだったんだよ」

墓穴を掘ってしまった俺は、苦笑しながら頭をかく。
でも、あの時は本当に嬉しかったんだ。まさか恋人になるとは思っていなかったけど。
天化の顔を見上げると、少し曇りが見えて眉を顰めた。

「…天化?」
「何さ?」
「どうした?元気が無いみたいだけど…」

そう言うと天化が苦笑する。それもどこか無理をしているように見えた。

「ちょっと最近夢見が悪くて寝不足なのさ。どんな夢見てたかは覚えてねぇんだけど…」
「天化…」

スッと腕から降ろしてもらって、天化のGパンを引っ張った。
こんな時、元の姿の自分なら抱き上げてベットへ運べるのに。それが出来ないのが辛い。

「少しでもいいから寝た方がいい」
「でも修行しなきゃいけねーし、天祥と約束もしてるし、会議にも出なきゃいけねーし…」
「…時間になったら起こす。だから、頼む」

心配で仕方ないんだ。そう見上げて言えば、天化は困っていたけど笑ってくれた。

「…分かったさ」

そう言うと天化はベットに横になった。俺はベットに登って天化の髪を撫でる。
天化はそんな俺を見つめていたけど、次第に目が虚ろになってきていた。

「なぁ、コーチ。俺っちが寝ても……」
「…ああ。ずっと傍に居てあげるよ」

そう言うと天化は嬉しそうに微笑んで、夢の中へと旅立っていった。
そんな天化を見つめながら、俺は自分の不甲斐なさを感じていた。

天化が俺を幼児にした張本人だが、結局は自分の招いた事。幼児である俺が、一体天化に何をさせてあげられるのだろうか。
修行の相手だって、これじゃあ剣を持つ事すら出来ないし、天祥くんの相手すら代わって出来ない。俺は部外者だから会議に出ることは出来ないけれど。
これじゃあ、休みをとってまで此処に居る意味はあるんだろうか。そんな事を考えてしまう。

(でも…まだ天化の傍に居たい…)

久し振りの天化との時間。せめて残りの3日ギリギリまで満喫していたい。
そんな自分に失笑しつつ、俺はベットから降りた。

「桃か何か持って来てやろうかな…」

起きたらきっと喉が渇くに違いない。俺はそう思って天化の部屋を静かに出た。
傍に居るとは言ったけど、すぐに帰ってこれば大丈夫だろう。そう思って。

だが、それは軽薄だったと後悔する時が来る。
そんな事とは知らず、ただ俺は廊下を駆け出した。





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