ホレタハレタ!



 「太公望、相談があるんだ」

 悩みとは無縁なはずの兄弟子──道徳は、重い口を開くなりそう言った。

 西岐の城。魔家四将急襲の後始末が終わりつつある中、治療を終えた弟子を送りにきた仙人は太公望に相談したい事があるらしい。

 ちなみに太公望と道徳はそこまで親しい仲ではない。むしろ太公望には苦手なタイプだ。
 自堕落な生き方を好む頭脳派の太公望に反して、道徳は健康的な生き方の肉体派──要は筋肉バカだ。同じ仙人でも太公望とは対極の位置にいる。

 そんな未知なる生物、もとい仙人が太公望に──否、封神計画の担い手に相談を持ちかけるという事は、その内容も大方予測はつく。
 道徳の深刻そうな眼差しで思い出すのは魔家四将との死闘中、遙か未来の心配をしていた彼の言葉だ。

 「──天化の怪我の事か?」

 黄天化。武成王の次男坊で道徳の弟子。四聖との死闘で酷い怪我を負い、やっと今日になって仙人界での治療が終わったはずだ。
 戦闘に出せない程ではないにせよ、なにか後遺症でも残ったのか。眉を顰める太公望に、道徳はハアアとため息を吐いた。

 「いや…怪我は完治した。雲中子に確認してもらったから間違いない」
 「なら、」
 「──落ち着いて聞いてくれ、太公望。天化は…不治の病にかかってしまったみたいなんだ!」
 「不治の病…!?」

 頭を抱えてしまった道徳の言葉に、太公望は息を飲む。
 この世にまだ仙人界でも治せない…否、あの雲中子でも治せない病が存在し、それに天化が患ってしまっていたとは。冷静になるべきだと分かっていても、仲間である天化の危機に動揺せずにはいられない。

 「天化を連れて来たということは、感染する類のものではないのだな?そしてすぐに生命を脅かすものでもない」
 「ああ。だが酷くなると命にも関わりかねない……あの雲中子ですら“手に負えない”と匙を投げた代物だ」
 「あの変人ですら…」

 考えを巡らす太公望を余所に、道徳はフラフラと壁に身体を凭れかけた。いつものハキハキと明るいスポーツバカの見る影もない。

 「しっかりしろ道徳!お主が腑抜けてどうする!」
 「……すまない太公望、だが俺はどうしていいのか分からないんだ。今この時でさえ天化が苦しんでいるのに、俺はただ遠くから眺めることしか出来ないなんて…!」
 「道徳…」

 悔しそうに叫ぶ道徳に、太公望は思わず口ごもる。おそらく太公望が抱いている以上の恐怖に道徳は襲われているのだろう。
 道徳も天化も付き合いは浅いが、太乙や雲中子とは違って確かな師弟関係を築いていたはずだ。天化の方は少々道徳のスポーツバカっぷりに辟易していたようだが、プライドの高い彼が真っ先に助けを求めたのは道徳だった。

 「天化…天化は、自分の力で治してみせると…だから誰にも言うなと言ったんだ。太公望、お前にも」
 「………」
 「前衛から退きたくない気持ちは俺にも分かる。だが今後の戦いで何が命取りになるか分からない以上、お前の耳に入れるべきだと判断した。……いや、違う。俺は……天化に少しでも生きていてほしいんだ」

 もはや床に座り込んで膝を抱えた道徳に、太公望はすぐ側まで歩み寄り、彼の肩を叩いた。

 「お主の気持ちは確かに受け取ったぞ、道徳。仙人界で治せないからといって、人間界で治せる可能性も無いとは言えぬ。わしも力を尽くす」
 「太公望…」

 顔を上げた道徳の顔に安堵が浮かぶ。
 太公望は力強く頷いて見せた。

 「天化を支えてやれるのはお主だけだ。今は少しでも傍に居てやれ。さすがに毎日は困るが──」
 「──それは出来ない」

 やっと立ち直るかと思えば再び沈み込んでしまった道徳に、太公望は困惑する。確かに十二仙が介入していると敵に知られる訳にはいかないが、知られたからといってすぐに金鰲島が介入してくるとは思えない。
 道徳は太公望の手を外すと、立ち上がって窓の外を見た。

 「俺が天化の傍にいると病は酷くなるようなんだ。だから俺は病気が発覚してから…天化には一度しか会っていない」
 「…? 病にお主が関わっていると?」
 「いや…俺が原因らしい」

 天化の前に何人も育てはしたが、そんな病にかかりはしなかったのに。道徳の呟きなど太公望の耳には届いていなかった。
 不治の病で雲中子にも治せない。感染病ではないが、ヘタをすれば命にもかかわりかねない。道徳に口止めした天化。
 そして病の原因は道徳で、傍にいると悪化する。
 
 (………まさか、のう…)

 この状況でこんな事を考えてしまう太公望は、どうかしてしまったのか。現実逃避するには早すぎる。
 しかし太公望の頭脳はそれ以外の答えを思い浮かべず、道徳に縋るように尋ねた。

 「道徳、その…雲中子から病名を聞いておらんのか?」

 なにかの間違いだ。目の前の仙人は太公望より遙かに年上なのだ。
 先程とは違う意味で顔を蒼白に染める太公望に、道徳は同じ色の顔をしたままゆっくりと口を開いた。

 「──ホレタハレタと、言うらしい」

 太公望は打神鞭を取り出し、道徳を思い切り吹き飛ばした。





短編2


 たぶん続きます。



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