『子供師匠と弟子心』




崑崙・終南山―――――……
ここに悩める羊……ではなく、仙人が二人。

「はぁ…」
「…道徳、人の家で溜め息つかないでくれるかい?」
「はぁぁ…」
「って、太乙…君もかい?」

太乙と道徳は遊びに来たはずだったが、溜め息をついてばかりだった。

「雲中子ー…君、冷たすぎ」
「遊びに来たのか、相談しに来たのか、どちらかにしてくれないかい?人の溜め息ばかり聞いて飽きてきたよ」

溜め息ばかりが聞こえる部屋に、雲中子はこれ以上居たくはなかった。

「…相談してほしいというか、私の話を聞いてくれるとありがたいんだけど」
「あ、俺も俺もー」
「どうせ君たちの弟子の事だろう?」
「「う…」」

図星だったのか、二人とも雲中子から目を逸らした。

「…よく分かったね」
「さすが、俺達と何千年もいるだけはあるな…」
「君たちがここに来て話すことといえば、弟子のことしか無いからね」
「「………」」

それも図星で、二人は黙り込んだ。

「…まあ、溜め息よりかマシか。とりあえず聞いてあげるよ」
「じゃあ私から。今日の朝のことだったんだけど……」

太乙は今朝の事を話し始めた。

--------------------------------------------

乾元山―――――……

「ナタク!どこに行くんだい!?」

太乙は空に向かって叫んだ。空にはナタクが居た。

「……うるさい」

ナタクは機械のように淡々と話した。
実際、ナタクは宝貝人間なのだが。

太乙が宝貝の中でも最高の宝貝を求め、辿りついたのがナタクだった。

「いや、うるさいと言われてもねぇ…。ここの所、毎日どこかに行かれたら、修行出来ないじゃないか」
「俺は、修行しなくても強い」

ナタクに睨まれビビる太乙だったが、勇気を出して尋ねてみることにした。

「わ…分かった。修行の事は置いておくとして……毎日どこに行っているのかだけでも教えてくれないかな…?」
「…お前には関係ない」

そう言われ、太乙の中の何かが切れた。

「フフフ……関係ない?生みの親の私を関係ないだとぉ?!反省しなさい!九竜神火罩!!!」

すると太乙の肩に付けている捕獲用宝貝・九竜神火罩が光り、ナタクを閉じこめた。

「!!……出せ!」
「もう少ししたら開けてあげるから、しばらくそこにいなさい」

ナタクは九竜神火罩の中で暴れていた。

「…関係ない…か」

そう呟きつつ、太乙はその場を立ち去った。

-------------------------------------------

「……と、いう訳なんだよ」
「太乙……心狭いぞ、お前」

道徳の言葉が、太乙の気に障った。

「君に言われたくない!じゃあ道徳のところはどうなんだよ?!」
「…最近、天化の様子がおかしいんだよ」
「太乙落ち着いて。おかしいって…どんな風に?」

雲中子は太乙を宥めつつ、道徳に話を促した。

「うーん…そうだなぁ……昨日の事なんだけど…」

道徳は昨日の事を思い返しながら、話し始めた。

--------------------------------------------

「天化、今日はこの辺にしておこう」
「………」
「どうした?天化」

天化は下を向いたまま、黙っていた。

「…別に、何でもないさ。疲れたからもう寝るさ。おやすみコーチ」
「ちょっと待て、天化!やっぱりお前…変だぞ?どうした?」

走り去ろうとした天化の腕を掴んだその時、天化は道徳の手を振り払った。

「……天化?」
「…っゴメンさ!」

結局、天化は道徳の顔も見ずに走り去った。

--------------------------------------------

「……という事だ」
「反抗期に入っただけじゃないの?放っておけば?」

さっきの仕返しだろうか。太乙は冷たく切り捨てた。
道徳は殴りたい衝動を堪え、平然を装った。

「…太乙のとこのナタクは、年中無休で反抗期なのにか?」
「…それって嫌味かい?道徳。新作の宝貝あるんだけど、1発くらってみる?」
「まあまあ二人とも、お茶でも飲んで落ち着きなよ」

そう言って、雲中子は二人の目の前にお茶を置いた。

「「……………何を入れた?」」

お茶を出された瞬間、太乙と道徳は雲中子を睨みつけた。
伊達に今まで何千年一緒にいない。彼のお陰で色々な目にあってきたのだ。

『食べちゃダメ 雲中子からの 贈り物 太乙からも 危険だよ』

という標語まで出来たほどだ。太乙も危険物扱いだが。

「心外だね。ただのお茶だよ」
「そうか、じゃあ頂くよ」

雲中子の言葉を簡単に信じ、道徳はお茶を飲む。
道徳に何の変化もないのを見てから、太乙もお茶を飲んだ。

「……ただのお茶に、開発したばかりの薬を入れてみたんだ」

二人が一口飲んだのを見計らって、独り言のように雲中子が呟いた。
それを聞いた太乙と道徳は、勢いよく吐き出した。

「雲中子!騙したな!!」
「もう飲んじゃったじゃないか!どうしてくれる!!」

二人は怒鳴り散らしたが、雲中子は平然とお茶を啜っていた。

「まあ、いいじゃない。どうせ1日で切れるようになってるし。……そろそろかな」

そう言って、雲中子は時計を見た。
すると、みるみるのうちに二人の体が縮んでいった。

「なっ?!」
「何だコレ!?」

道徳は子供、太乙は少年の頃の姿に戻っていた。

「フム……なるほど。飲んだ量によっては、戻る時間が変わるのか…」
「雲中子!!何メモってんだよ!」

着ていた服がダボダボになりながらも、道徳は雲中子に突っ込んだ。
いつも着ているジャージの裾が、床についている。

「そうだよ!私達を実験体にするんじゃない!!」
「まあ、いいじゃないか。久し振りの姿が懐かしいだろう?」

道徳はまだ何か言いたげだったが、諦めたらしく、服を持って玄関の方に歩き出した。

「おや?道徳、帰るのかい?天化君呼んであげようか?」
「いらん!…雲中子、戻ったら覚悟しておけよ!!」

道徳は怒鳴りながら去っていったが、はっきり言って、あの姿じゃ恐くはなかった。

「…まあ、一日だけだし。一日中ナタクを九竜神火罩に入れておいたらいいか」
「……鬼だねぇ、太乙」
「殺されるよりマシだね。それに、君にだけは言われたくないよ」

そう言って、太乙も出て行った。
そして一人になった雲中子は。

「……解毒剤があるのに、誰も訊かないなんてねぇ……」

手に持った桃を見つめながら、雲中子は微笑んだ。

 


道徳編      太乙編




 2005/09/03改訂→2012/03/28改訂


inserted by FC2 system